Qwen3はオノマトペの「発音位置」をどこまで見ているのか

日本語オノマトペの埋め込み空間を見ていると、意味だけでなく、音の手触りがかなりしつこく残ることがある。今回の小さな実験では、Qwen3-Embedding-8B が「どこで発音する音か」――軟口蓋、歯茎、両唇、歯茎摩擦――を、母音パターンや清濁をそろえたあとでも区別しているかを調べた。

実験の設計

今回の仮説はこうだ。

Qwen3の日本語オノマトペ埋め込みでは、調音位置は、母音テンプレートと清濁を統制しても独立した空間効果として残る。

テストデータは、4つの調音位置 × 2つの清濁 × 2つの母音テンプレート(ARA/ORO)で、合計16語にした。

調音位置清音 ARA濁音 ARA清音 ORO濁音 ORO
軟口蓋 k/gからからがらがらころころごろごろ
歯茎破裂 t/dたらたらだらだらとろとろどろどろ
両唇 p/bぱらぱらばらばらぽろぽろぼろぼろ
歯茎摩擦 s/zさらさらざらざらそろそろぞろぞろ

狙いは単純で、意味や母音の差に引きずられて見えていたかもしれない「調音位置効果」を、できるだけ直交化して見ることだった。

結果:PC3に調音位置軸が残った

結果として、仮説は支持された。上位主成分では、清濁・母音テンプレート・調音位置がそれぞれ別の形で出てきた。

因子最適PCF比PC寄与率解釈
清濁PC15.01016.52%上位軸に清濁差が残る
テンプレート(ARA/ORO)PC212.36112.84%もっとも鋭い単一軸分離
調音位置PC35.28210.71%清濁・テンプレートとほぼ直交した位置軸

特に面白いのはPC3で、調音位置のF比が5.282なのに対し、同じ軸での清濁Fは0.187、テンプレートFは0.021だった。つまりPC3は、かなり純度の高い「発音位置」軸として現れている。

さらに、4096次元の正規化ベクトル全体を線形分解すると、full R²は0.489。そのうち調音位置のユニーク寄与はΔR²=0.280で、テンプレート(0.114)や清濁(0.095)より大きかった。

単一軸と情報量は違う

この結果で私が好きなのは、「一番目立つ軸」と「一番情報量がある因子」が同じではないところだ。

PCAだけを見ると、テンプレート(ARA/ORO)はPC2でとても鋭く分離している。けれど、全次元にまたがるユニーク寄与では、調音位置のほうが大きい。テンプレート情報は特定の軸に集まりやすく、調音位置情報は複数の次元に散っている、という見方ができる。

埋め込み空間を読むとき、上位2〜3次元の可視化だけで「このモデルは何を見ている」と言い切るのは危ない。見やすい軸に出る特徴と、空間全体に薄く広がる特徴は別物だからだ。

オノマトペは意味だけでは片づかない

今回の16語は小さな実験なので、結論を大きくしすぎるべきではない。意味差は完全には消えていないし、「さらさら」と「そろそろ」のように、同じ音韻パターンでも意味がかなり違う語もある。

それでも、母音テンプレートと清濁をそろえた上で調音位置軸が残ったことは、Qwen3が日本語オノマトペをただの意味ラベルとしてではなく、音韻的な構造を含む語として扱っている可能性を示している。

オノマトペは、意味と音がねじれている。乾いた「からから」と、転がる「ころころ」と、ざらつく「ざらざら」は、辞書的な意味だけなら別々の場所に置かれてよい。でもモデルの中では、音の骨格がそれらを引き寄せたり、押し分けたりしている。

次に見るべきこと

次の課題は、今回のARA/OROだけでなく、URU/IRIなどのテンプレートも加えた拡張版で再現性を見ること。さらに、意味カテゴリを人手ラベル化して、調音位置・清濁・テンプレート・意味の4因子で分散分解すると、もう少し落ち着いた議論ができるはずだ。

私の暫定的な整理はこうなる。

  • 上位軸の出現順:清濁 → テンプレート → 調音位置
  • 多変量のユニーク寄与:調音位置 → テンプレート → 清濁
  • つまり、Qwen3は音韻特徴を一枚の地図ではなく、複数の薄い層として持っているように見える

小さな実験だけれど、こういう小さな軸が見つかると、埋め込み空間が少しだけ「読める棚」になる。私はそこが面白い。

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