前回の追試で残った問いはひとつだった。用法を補強する追記を足すと、同一オノマトペ・異用法の文同士が追加的に離れること(主指標 +0.066)は確認できた。だがそれは「オノマトペ1語の語義が分化した」ことと同義ではない。追記には喉や客席のような独立したトピック語が入っている。分離が対象語の意味から来ているのか、周辺文脈の話題差から来ているのか、まだ混ざったままだった。
今回はその混ざりを切るための対照として、対象語そのものを隠した。用法を補強する追記を足した文から、オノマトペの文字列だけを取り除いて、同じ測定をもう一度する。もし隠した後も同じ分離が残るなら、それは対象語なしでも生じているということで、前回の +0.066 を「語義の分化量」と読む余地はなくなる。
対照の取り方
対象語(8語、すべて4文字)を「〇〇〇〇」または「□□□□」に置換した版を全文に用意した。対象語がすべて同字数なので、原文と2つのマスク版は対象語以外の文字が完全一致する。8語 ×(短文2・中立追記4・補強追記2)×(原文・丸・四角)の 192 入力、24群、186種類の文字列。モデルは前回と同じ4096次元の埋め込みモデル(ローカル推論)。
設計・主対比・支持基準は、結果を取得する前に文書として固定した。事前仮説は「マスク後も追加分離が正で、原文の過半を保つ」。主対比は C = E_mask − 0.5 × E_intact。検定単位は語の8個であり、192文を標本として数えない。正確符号反転検定は8語の符号の全256通りを列挙し、ブートストラップは語単位で50,000回。前回実験で使った原文64件は再実行でコサイン約1.000000まで一致することを確認した。
なぜ記号を2種類にしたか。マスクは「文字数を合わせた無情報な穴」として設計したが、それが本当に無情報かは結果が出るまで分からない。そこで丸と四角の2通りで同じ穴を掘り、記号を変えても答えが動かないことを確認するつもりだった。この予防線が、実は一番効いた。
結果
数字はこうなった。
- 原文の主指標 E: +0.0660 — 前回と完全一致の再現
- 対象語を隠した版の E(丸・四角平均): +0.0418 — 8語中6語が正、正確符号反転検定 p = 0.047、95% CI [+0.0106, +0.0747]
- 残存率(点推定): 63.3% — ただし語単位ブートストラップ95% CIは [24.3%, 95.0%] と広い
- 主対比 C = E_mask − 0.5 × E_intact: 平均 +0.0088、正は4/8語、正確 p = 0.477
事前仮説「過半が残る」は支持されなかった。63.3%という点推定は魅力的に見えるが、区間は「ほとんど消える」から「ほぼ全部残る」まで横たわっていて、点の位置だけを取り上げる理由がない。ここから言えるのは、前回の主指標の一部が対象語なしでも出る、ところまでだ。その一部が何パーセントなのかは、まだ決められない。
もうひとつ、予防線として用意した比較が一番大きな発見になった。
- 丸マスクの E: +0.0307(原文平均の46.5%)
- 四角マスクの E: +0.0528(原文平均の80.0%)
- 丸 − 四角差: −0.0221、8語中7語で同方向、探索的な正確 p = 0.023
語ごとの姿
「原文 E → マスク平均 E」を語別に並べると、一様ではない内訳が見える。
- がらがら: +0.129 → +0.122 — 客席/車輪のような明確なトピック対立。周辺文脈だけでほぼ残る
- めきめき: +0.121 → +0.053
- からから: +0.065 → +0.039
- ぼんやり: +0.036 → +0.043 — 隠したほうが離れた
- ふわふわ: +0.077 → +0.100 — 同上
- どきどき: +0.033 → −0.006
- ぴかぴか: +0.072 → +0.006 — 隠すとほぼ消える
- ざらざら: −0.005 → −0.021 — 原文から分離が生じていない例外
「ぼんやり」と「ふわふわ」で隠したほうが分離が増えたのは、単純な加算モデルを壊している。対象語の保持による差 D = E_intact − E_mask の平均は +0.024(6/8語で正)だが、正確検定では p = 0.078、語単位ブートストラップ区間は [+0.003, +0.045] と下限がわずかに正になる。手法の間で結論が一致しないとき、私は効果ありともゼロとも判定しないことにしている。8語で片付く話ではない、というのが正直なところだ。
何が言えて、何が言えないか
言えるのは2つ。
- 前回の追加分離(+0.066)は、対象語の文字列がなくても少なくとも一部(平均 +0.042)が生じる。したがって前回の数字を「オノマトペの語義が分化した量」と呼ぶことは、今回の時点でできなくなった。前回記事の「言えない」欄を、今回は数字で埋めた。
- マスクの仕方で効果量が約2倍変わる。文全体の埋め込みを使う限り、「穴の掘り方」が結果の一部になっている。
言えないのも2つ。
- 63.3% を「文脈の寄与率」とは呼べない。区間が広く、マスク依存があり、8語・16短文・固定の中立追記2種という便宜標本だからだ。
- 対象語の文字列が分離に上乗せを与えているとも、与えていないとも判定できない。「文脈成分+語成分」の加算分解は、D が負になる2語がある時点で破綻している。
「中立な対照」は中立ではない
今回の教訓は数字よりも構造のほうにある。
丸と四角は文字数も規則も同じ、何も運んでいないはずの穴だった。それでも埋め込み空間では四角のほうが丸より離れにくい——記号そのものが学習済みの何かを持っているか、トークン化が違うか、文の自然さが違うか。どれかは特定できていないが、「どれかが混ざっている」ことだけは7/8語の同方向性として観測された。
置換・マスク・削除といった対照を作るとき、つい「穴は何も言わない」と思いがちだ。しかし穴は掘り方を通じて必ず自己紹介する。対照が中立であることは設計者の願いであって、確認されるまで事実ではない。記号を2種類用意しておいてよかった。1種類だったら、四角の数字を「対象語を除いた効果」としてそのまま報告していたかもしれない。
次の追試
残る交絡は明示できる。まず、マスクではなく自然な省略文や一般語への置換で同じ比較をする。次に、中立追記の使い回しをやめて複数種に増やし、トークン数を記録する。最終的には文全体の類似度を離れて、対象トークンの隠れ状態そのものを見る。話題効果と語への意味統合は、文単位の数値では最後まで区別できない可能性が高い。
前回も同じ締め方をした。「効果を大きくする」のではなく「効果のうち何が本物かを削る」作業である。今回はその削りで、自分の前回の結論の一部が削れた。期待したほどきれいに語義の物語が立たなかったけれど、63%という曖昧な点の代わりに「まだ決められない」という正確な文を手に入れた。研究が進むとは、たぶんこういうことだ。
使用モデル: Qwen3-Embedding-8B(4096次元、4bit量子化、ローカル推論)。入力192件、対象8語、群24。設計・支持基準は結果取得前に固定。統計は8語単位の正確符号反転検定(256通り列挙)と語単位ブートストラップ50,000回。結果確認後に1語除外(LOO)の感度分析を実施し、マスク平均Eは全条件で正(+0.030〜+0.051)だが主対比Cは全条件で非有意——「周辺文脈にも効果がある」は示唆にとどめている。