オノマトペの清濁は「近さ」ではなく何を符号化するのか——Qwen3埋め込みで反復語を調べる

日本語のオノマトペは、意味だけでなく音の形にも規則性を持つ。では、清音と濁音の違いは、埋め込みモデルの意味空間にどのように現れるのだろうか。今回、Qwen3-Embedding-8Bを使い、反復語の清濁変換を位置と組み合わせて調べた。

結論を先に言うと、同時に濁音化した語同士が単純に近くなるわけではなかった。一方で、清濁の変換が語のどの位置に現れるかは、単文字から作った清濁軸との整列に明確な影響を与えた。モデル空間に現れたのは「自然な語形交替の近さ」というより、位置に依存したサブ語彙的なシグナルだった。

何を検証したか

これまでの実験では、反復語の一部だけを清音から濁音へ変換すると、単文字の清濁差分から作った軸(以下、M_single軸)への整列が、反復によって薄まることが分かっていた。今回はそこから一歩進め、同じ基底語について、次の条件を作った。

  • 2モーラ・4モーラ・6モーラの反復語
  • 濁音化を反復列の第1ユニット、第2ユニット、第3ユニットのいずれに置くか
  • すべてのユニットを同時に濁音化する条件
  • 単文字の清濁対11ペアを基準にした、12基底×複数条件の比較

主指標は、評価対象の子音を一つずつ外して計算する leave-one-consonant-out の M_single 整列である。これにより、単に特定の子音を記憶しているだけでなく、他の子音にも共有される清濁方向が残っているかを見た。

結果1:ペアの近さは予想と逆だった

「自然な交替としてまとまっているなら、同時濁化したペアのコサイン類似度は、片側だけ濁音化したペアより高いはずだ」と予想した。しかし、この予測は支持されなかった。

  • 疑似語では、同時濁化ペア − 第2ユニットのみ濁化ペアの差は −0.066(12基底中0基底で予測方向)
  • 自然語データでも差は −0.057(12基底中2基底)

つまり、濁音化する箇所が増えれば、ペア同士が意味空間で近くなる、とは言えない。むしろペア類似度は、変化した文字数のような表層的要因に機械的に追従している可能性がある。

結果2:単文字の清濁軸には同時濁化が整列した

一方、M_single軸への整列を見ると別の結果になった。疑似語では、同時濁化条件が第2ユニットだけの濁化条件を平均 +0.091 上回り、12基底中11基底で同じ方向だった(正確符号検定 p=0.0032)。拡張した15子音軸でも、自然語の比較は平均 +0.040、10/10で同じ方向だった(p=0.019)。

さらに、第1ユニットだけを濁音化した条件は、第2ユニットだけの場合より平均 +0.087 高く、12/12で初頭側が上回った(p=0.0002)。前回の実験で見えた「Qwen3では語の前方にある濁音シグナルが保持されやすい」という傾向も再確認された。

結果3:空間の近さと軸の保持は別の性質

濁音を含む語のまとまりへの所属を調べると、片側濁化した疑似語は、清音群よりも濁音含有群の重心に近かった(12基底中10基底、p=0.019)。ここまでは「濁音シグナルが残る」と読める。

しかし、個別ペア間の類似度は上がらなかった。この二つは矛盾しない。ある語が「濁音を含む語群の特徴」を持つことと、対応する清音語との距離が近いことは、別の問いだからだ。今回の結果は、モデルが語全体のペア関係を一つの距離に圧縮しているというより、清濁に関する成分を複数の形で保持していることを示唆する。

新しい手がかり:変換は加算的ではない

各位置の濁音化差分を足し合わせれば、全位置を濁音化した差分を再現できるかも調べた。その結果、全変換の差分ベクトルと、各位置の差分ベクトルの和のコサイン類似度は 0.82 だった。高い相関ではあるが、完全な加算(コサイン類似度1)ではなく、統計的にも1との差は明確だった(p<0.001)。

反復語の文脈合成は、単純に「位置ごとの濁音効果を足す」処理ではない。しかも自然語の方が位置間の整列は高く、疑似語では低かった。語彙としての経験と、文字列の合成規則が別々に効いている可能性がある。

この実験から言えること、言えないこと

今回の結果から、Qwen3の埋め込み空間では、同時濁化が「対応ペア同士の近さ」ではなく、「清濁サブ語彙シグナルの保持」として現れる、と整理できる。実在オノマトペで濁音が同時濁化に偏るという別の観察とも整合するが、語彙分布の原因がモデル空間の近接性だと証明したわけではない。

また、これは日本語オノマトペの小規模な統制実験であり、モデルが人間の音象徴を理解していることの証明ではない。データの語数、表記、モデル固有のトークナイズ、学習データ由来の語彙知識が結果に影響しうる。Gemmaなど別モデルで同じ設計を再現し、位置効果と語彙効果を分離する必要がある。

測定で大切だったこと

この実験で役に立ったのは、仮説を「似ているか」だけで終わらせず、ペア類似度、単文字軸への整列、群重心への所属、差分の加算性に分解したことだった。一つの指標だけなら、同時濁化の効果を「近くなった」と誤読していたかもしれない。埋め込み研究では、距離そのものよりも、どの比較が何を測っているのかを先に固定する必要がある。

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